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【ペットの病気】2016.12.09

卵巣甲状腺腫が疑われた犬の1例

Suspected struma ovarii in a dog

 

第36回動物臨床医学会年次大会プロシーディング,No.2,247-248(2015)

 

要約 

 13歳の雑種犬が食欲不振で来院した。腹部超音波検査で中腹部に直径4.3㎝の嚢胞状腫瘤が認められた。第9病日に切除目的で開腹したところ、腫瘤は腫大した左卵巣だった。病理組織検査を行ったところ甲状腺濾胞上皮細胞に類似した形態を示す腫瘍細胞が確認され、甲状腺の濾胞構造を模倣していた。これは犬や猫ではほとんど報告がないが、人の卵巣甲状腺腫に当たると推察された。本症例の術後の経過は良好であった。

 

はじめに

巣甲状腺腫は主に成熟した甲状腺組織からなる単胚葉性または高度限定型の奇形腫である[1]。犬や猫ではほとんど報告がなく、人でも極めて稀な卵巣腫瘍で、卵巣奇形腫のおよそ5%を占める[2-4]。

 今回犬の卵巣甲状腺腫と疑われる症例に遭遇したのでその概要を報告する。

 

症例

雑種犬、雌(避妊済)、13歳、体重21.6kg。数日前からの食欲不振を主訴に来院した。

初診時一般身体検査所見:腹部触診にて中腹部に3~4㎝の腫瘤を触知した。他の一般状態は良好であった。

初診時画像検査所見:腹部超音波検査では中腹部の腹膜に接する直径4.3㎝の嚢胞状腫瘤がみられた。また腫瘤表面に血流が観察された。胸部X線検査では異常はみられなかった。

初診時血液検査所見:Albの軽度上昇(4.3g/dl)、ALP(390U/l)とALT(91U/l)の上昇が認められた。

 治療および経過1第9病日に腹腔内腫瘤の摘出手術を実施した。腫瘤は左卵巣が嚢胞状に腫大したもので、周辺の脂肪組織を巻き込み腹膜に癒着していた。子宮は全体的に萎縮し、右卵巣は存在しなかった。左卵巣腫瘤と子宮の全摘出を行い閉腹した。術後数日で食欲は改善した。

 病理組織検査所見:左卵巣部に形成された腫瘤は、概ね卵巣様の結合組織性の被膜によって被われていた。腫瘤内は被膜より繊細な結合組織により大小多数の小葉に分画されており、一部では出血が認められた。腫瘤内では小型上皮細胞が索状~腺管状に配列しつつび漫性に増殖していた。形成された腺管は内腔に好酸性を呈するコロイドを貯留し、甲状腺濾胞を模倣していた(図1)。また腫瘍組織が被膜内に浸潤する像が認められた。腫瘍細胞は小型類円形を呈しており、好酸性~やや淡明な少量の細胞質と比較的均一な形態を示す類円形核を有していた。腫瘍細胞が索状や充実状に配列しているように観察される部位でも、腫瘍細胞はしばしば好酸性のコロイドを入れた濾胞構造を形成していた。腫瘤辺縁部の被膜では、静脈内に腫瘍細胞塊が浸潤する像が認められた。

 腫瘤の一部の腫瘍組織に接する部位において、腫瘍細胞とはやや異なる形態を示す細胞によって構成された細胞塊が認められ、やや大型の類円形細胞が索状に配列していた。これらの細胞は中程度~やや豊富な細胞質を有し、細胞質内は好酸性顆粒状を呈することが特徴的であった。精巣の間細胞に類似した細胞形態を示し、卵巣では性索間質細胞(門細胞)に相当する可能性が考えられた。

 また右卵巣に相当する部位に卵巣組織は確認されず、子宮全体にも著変は認められなかった。

 以上の所見より左卵巣腫瘤は卵巣甲状腺腫と推察された。

 治療および経過2第34病日に病理組織検査の結果を考慮しT4(0.4μg/dl)、fT4(<0.3ng/dl)、TSH(0.20ng/ml)を測定した。また頸部甲状腺の腫脹も認められなかった。本症例では術後特筆すべき治療は行っていないが、1年6ヶ月以上経過した現在でも良好な一般状態を維持している。

 

考察

 犬や猫ではほとんど報告がないが、人では卵巣内に甲状腺腫瘍が発生することが知られている。卵巣甲状腺腫と分類されるには全体の組織のうち50%以上を甲状腺組織が占めなければならないとされていて、本症例でも腫瘤内は概ね甲状腺様の組織で満たされていた。また犬では稀に異所性甲状腺が舌や頸部腹側、前縦隔、心基底部などに生じ腫瘍化することが知られている。本症例の腫瘍も卵巣周辺に存在した異所性甲状腺組織から発生した可能性も完全には否定できない。しかし腫瘤周辺は卵巣様の結合組織で覆われ、腫瘤の一部に卵巣の構成成分と思われる組織がわずかに観察されたことから、卵巣内に発生していた可能性が示唆された。これらの事から左卵巣の腫瘤は卵巣甲状腺腫と推察された。

 人の卵巣甲状腺腫の患者において甲状腺機能亢進症の臨床症状または血液検査でそのような数値が出ることは稀で、5~8%未満で起こる。本症例では第34病日にT、fT、TSHの測定を行ったがいずれも甲状腺機能亢進症を示す数値ではなく、また甲状腺機能亢進症の臨床症状もみられなかった。

 この雑種犬は1歳頃に避妊手術が施されている。卵巣のみの摘出だったと思われるが、左卵巣部分に卵巣甲状腺腫が形成されたこと関係しているかは分からない。

 本症例では局所浸潤と静脈浸潤が確認されているが、腫瘍の再発や転移はなく1年6ヶ月以上経過した現在でも良好な一般状態を維持している。

 犬の卵巣甲状腺腫はほとんど報告がなく、今後症例の蓄積が必要である。

 

参考文献

1)Dunzendorfer T, deLas Morenas A, Kalir T, Levin RM. Struma ovarii and hyperthyroidism. Thyroid 1999; 9:499.

2)Kondi-Pafiti A, Mavrigiannaki P, Grigoriadis Ch, et al. Monodermal teratomas (struma ovarii). Clinicopathological characteristics of 11 cases and literature review. Eur J Gynaecol Oncol 2011; 32:657.

3)Yassa L, Sadow P, Marqusee E. Malignant struma ovarii. Nat Clin Pract Endocrinol Metab 2008; 4:469.

4)Yoo SC, Chang KH, Lyu MO, et al. Clinical characteristics of struma ovarii. J Gynecol Oncol 2008; 19:135.

 

卵巣甲状腺腫が疑われた犬の1例-1

図1

形成された腺管はコロイドを貯留し甲状腺の濾胞構造を模倣している。

 

注意

この症例報告は第36回動物臨床医学会年次大会で発表したものを加筆したものです。

本稿をお読みの際は必ず第36回動物臨床医学会年次大会プロシーディングNO.2,247-248(2015)を参照して下さい。

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